Japanese skilled labor shortage

こちらの小論 は昨年6月に書かれたもののようだ。自動車など輸出産業や雇用市場が深刻な不況に見舞われている現下の日本経済にとって、熟練労働力不足とはどこの話かといわれそうだが、株式市場において気のはやい人たちが元気を回復してきた感のある昨今、そろそろ長期トレンドで見たこの国の宿痾をかんがえてみてもよいであろう。

論者のNicholas Engler氏は、日米の労働事情を比較するなかで、日本に熟練した技術労働力が不足している背景をのべている。いわく、少子高齢化による人口減、30代を中心とする頭脳流出、ジェネラリスト指向教育の現実とのミスマッチ。同氏は結局、海外の優秀な人材を学生段階から導入しているアメリカをモデルとするよう推奨している。

提案の当否をここで検討するつもりはない。が、すくなくとも今現在満足のいく就業状態にない若中年層は、さらなる発展あるいは自衛のために、より一層の専門知識・専門技術を身につける必要があり、その能力の基盤として、語学とITの力量蓄積が求められている点を指摘しておきたい。がんばれ。

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When will they ever learn?

反戦歌「花はどこへいったの」の歌詞の一部ではない。2月5日ジャパン・タイムズに載った グレゴリー・クラーク氏のエッセイ から取ったものである。氏が文科省の審議会の委員としてのべた英語教育の助言が同省職員に無視されたのを揶揄してのべたセリフのようだ。

氏は大胆な提案をしている。高校の英語の授業を選択制にせよ。できれば中学でも選択制に。かわりに大学で二重専攻制を実施し、専攻の一つは英語(あるいは中国語など他の言語)とせよ。そして中学・高校においては理科・数学・現代史などにもっと力をいれるべし、と。氏によれば、学生・生徒の側に英語学習の動機が弱く、また教師の質にもおおきな疑問符がつくという。受験英語などは実践英語にならないとの判断であろう。たしかに、このたび発表された小中高の英語教育改正の実効性については疑問を抱く向きも多い。

ここで思い出すのは、「日本語が亡びるとき」の水村さんの主張だ。主張二点のうちの一つが、少数の選ばれた人たちに徹底的な英語教育をほどこしてバイリンガルにそだて、グローバルな世界に伍していけるようにする、というものであった。つまり、その他の普通の人生をおくる大勢の人たちには無理に英語を押し込むのをやめ、国語=高級な近代日本語を学ばせると。

期せずして、バイリンガルどころかトライリンガル以上のお二人が動機は別にして、おなじような教育提言をしているのは興味ぶかい。ただ、文科省の職員たちとしては、全国に何万人といるであろう英語の先生の配置や生活権を考えれば、完全無視を決め込みたいところだろうね。

なお筆者としては、小学校での基礎英語(歌と生活単語)の時間はあったほうがよいと思っている。

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[メモ] データベース環境

前回実務ITの上位段階としてデータベース処理技術が重要と書いた。具体的にデータベースにさわってみると意味が理解できるので、最小限のデータベース環境をかんがえ、http://dango09.web.fc2.com/super2/090107.htm に、その作り方をまとめてみた。(昨年8月のエントリを再構成したもの。)

念のために加えると、重要なのはデータベース環境の作り方ではなくて、できた環境の上で、どんなデータベースをどのように操作できるかだ。その意味で、データベース言語SQLの習得が大変重要になってくるが、筆者など序の口にもはいらない段階だといわざるを、えない。

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